以前「ループ音源を並べる行為は「作曲」と言えるのか?」の記事で、

・ループ音源を並べる行為は、ジクソーパズルを作る行為を「絵を描く」と言わないのと同様に、作曲とは言えない

・であれば作曲ではない別の言葉、例えば「並曲」と呼ぶべき

という主張をし、この考えに今も変わりはありません。ただし「作曲」であれ「並曲」であれ、「音楽を作って楽しむ」という意味では変わりないので、「並曲」という行為そのものを否定的に見ているわけではありません。私は絵も描きますが、ジグソーパズルだって楽しんでやります。問題にしているのは「ジグソーパズルを作る=絵を描く」ではないので、それぞれにその行為にふさわしい呼び方をすべきだ、ということです。

 現在「並曲」した曲を「作曲」と称して披露するユーチューバーが数多く存在しますが、どこまでその行為が「ジグソーパズルを作る程度のスキルでしかない」と自覚しているのか疑問に思います。さも「自分で描いた絵です!」と言わんばかりに「ジグソーパズルの絵」を披露している様は、とても痛々しい限りです。まあ「しょせんはジグソーパズルで作った絵」と自覚してくれているのならそれでいいのですが、残念ながらそういった方は少数派ですね。

 ジグソーパズルをいくら作ったところで、肝心の絵を創作していない以上、「完成させた」以上の満足感は得られません。並曲も同じで、肝心のメロディを「作曲」していない以上、満足感は得られず、すぐに飽きてしまうでしょう。どちらにしてもしょせんは「他人の創作物のコピペ」でしかないからです。だからこそ、ジグソーパズルも並曲も「暇つぶしレベル」で終わってしまうのです。

 「作曲」と呼ぶからには、最低でも主旋律は自分で創作したものであるべきです。絵で言うなら最低でもデッサンの線は自分で引くべきです。私はそれがどんなに下手くそで未熟なものであっても、その行為自体は大いに評価したいし、応援もしたいと思います。なぜなら、その行為には苦難と苦労が伴うし、その人はそれらから逃げずに挑戦しているからです。一方で「並曲」した曲を「作曲」と称してドヤっている人には何の魅力も、何の興味も湧きません。コピペした文章でアクセスを稼ぐブロガー並みに「程度が低く」「カッコ悪い」と思うだけです。そうだ!「並曲」も良い言葉すぎますね。では「コピペ曲」ならいかがでしょうか? そうすれば「名は体を表す」し、「実態にもっとも近い表現」になります。

 もし、身の回りに「コピペ曲」を「作曲」と称してドヤっている人がいたら、「それを作曲って、ベートーベンを前にしても言えるの?」と訊いてみてください(笑)。そうでなく「コピペで曲を作ってみたから聴いてみて!」と言われたなら、素直に「なかなかいい曲じゃん!」と言ってあげてください。これで「作曲」という言葉とその実態が一致します。無用な混乱も起きませんね。このように「ループ音源を並べて作った曲=コピペ曲」であるという認識が、広く世間一般に広がることを切に願っています。